ブラックコーヒーにビターチョコレイトⅢ

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情報がタダということ

最近読んだ本に「顧客力を高める」という本がある。「顧客力」という言葉はそもそもなく、著者が作った造語であるが、今回はこの顧客力についてではなく、「情報のタダさ加減」について考えてみたい。
今と昔の情報の取り方について、僕が思っていたことを著者は書いていた。つまり、例えば自分が地方に住んでいて、都会で流行している洋菓子を食べたいと思ったとき、昔はどうやっていたか。今はどうやっているか。ここがまず持っての分岐点になる。
地方だとこの"情報"を取るには「風の噂」「テレビ・ラジオ」「専門誌」「MR(市場調査)」しかなくカネのかかる話だ。こと個人だとあきらめモードの方が多い。
今はどうだろう。情報の氾濫に悩む時代になっている。多くの情報の中から一番真実味のあるものを選択するという10年前には考えられなかった(一部では考えられていた)事態に陥っている。つまり「情報」はある意味"タダ"であり、価値も安っぽくなっている。
価値が安っぽいというのは、その情報を知っていても自慢にならなくなっているということだ。
今、若者と話していると持っている情報量は確かに多い。しかし厄介なのはいかにも自分の知識のような、また自分の意見でもあるかのような発言、態度が多い。より深くつっこんで聞いてみると核心は述べない。知らないのだ。だから情報量は多くても深さや厚みがない。
これは彼らだけが悪いとも言えない。最先端の技術を研究しそういう時代が人間の発展に繋がるとしてきた大人達のせいなのだ。
家電量販店の店員は大変だ。人に売る前の商品の説明はしかり、他社比較の優劣、将来性など、ヘタすると客のほうが情報をつかんでいる。つまりそれが良い店悪い店の判断基準になってきているということだ。これは怖い。消費者のほうが頭でっかちなのだ。
普段飲み会の幹事を任された事のない人が店をネットだけで選ぶと間違いなく痛い目にあう。
有名で、こだわりがあり、部屋の雰囲気もよい。ここにしようと決めて、またそれが偏屈な場所にある。隠れ家的なお店だと書いてあるのでそれを真に受ける。現地で皆無言になる。
「情報のタダさ加減」は止められないままこれからも増え続けるだろう。しかし本当に大事なのはやはり自分の目なり耳なり足なり、場数とセンスだ。そこに"勘"がはたらく。
結局は原始的な手法が自分を育てるのだ。
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by fkterie | 2007-06-04 21:19 | ■日常考

ビターチョコを1かけ食べて飲むブラックコーヒーが無二のひととき


by fkterie